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子供のように真剣に


  先日、ある夏の日、子供向けに粘土彫刻のワークショップを行った。南島原市出身の彫刻家であり長崎の平和記念像の制作者として有名な、北村西望生誕140周年を記念して行われたイベントの一つであった。


 企画者のAさんから依頼を受けた時、「いいですよ。」と気軽に受けたものの、子供向けのワークショップを単独でやるのはこれが初めて。何をどうしようかとあれこれ考えているうちにワークショップの開催日が迫ってきた。

 

 Aさんが、島原半島の小学校にくまなくチラシを配って宣伝した結果、受付が始まると電話がひっきりなしに鳴って応募が殺到した。定員30名のところを、二日間に分けて80名の参加者になったとの連絡を受けた。

 

 私自身もなじみのある粘土で楽しく遊べばいいだろう、と高をくくってはいたが、こういうものは事前に考えられるだけの準備はしておくものだ。美大の講師もやったことがあるので、経験からそのように心得ていたものだった。

 

 旧知の小学校の図工教育の専門家の先生にお話を聞いたり、子供の向けの絵画や造形を教える教室を主宰する知り合いを訪ねて、いろいろアドバイスをもらった。更にYouTubeで子供向けの粘土制作の動画を見たりして自分なりに準備をした。後は自分が制作するときの心情とそれらの知見をすり合わせたりもした。

 

 一つ心配されたことは、高学年の子供に混ざって参加する低学年の子供たちが、2時間半に及ぶ粘土制作の過程で、集中力を切らさずにやり切れるのか、ということであった。子供のいない私はそんなものなのか、と思ったものだが、そのように心配してくれる大人は何人もいたものだった。

 

前日の夕刻、設営を終えた私は、会場を出て海岸端に行って車を止めていた。


 道草を食って油を売るのは、子供のころから変わらぬ私の癖である。緊張の伴う設営の仕事をスタッフの方とやり終えて、一息つきたくなったのである。


「あれで大丈夫かなー」


などと考えながらぼーっと海を見ていると、


ささささっ、さささささっ


と車の横を一匹のカニが横走りで通り抜けていった。

 

 クーラーの効いた車のシートに寝そべって、窓越しにそれを見た私は、急に胸がざわざわしてきた。頭に考えが浮かぶその前に何かに気づいたに違いない。


「そうだ。子供と付き合うのなら、子供と同じように真剣でなくてはならない。」


そういう言葉が頭に浮かんでもなお、私はだらだらと寝そべった姿勢のままだった。


「子供と付き合うなら、子供のように真剣でなくてはならない。」


もう一度、そう思った時、私はシートから跳ね起きた。そして体に鞭打つようにしてにカニを追いかけはじめたのであった。   

 

 カニの足はかなり早い。私もそれを追いかけて走る。堤防の隅に追い詰めて一匹捕った。カニを手にどうしようかと、そこらを歩いていると、砂浜近くの草むらに四角いブリキ缶が落ちていた。「なんと都合のよい!」それから海辺を駆け回ってカニを6~7匹捕った。あたりはすでにうっすらと暗くなっていた。

 

 ワークショップは楽しく大成功だった。サポーターの皆様の献身もあって、心配していた低学年の子供たちも最後まで一生懸命素晴らしい作品を作ってくれた。親御さんたちも一緒になって楽しんでいた。

 

 当日、カニを見た子供たちが大喜びだったのは本当に良かったが、それと同じくらい良かったと思えたのは、私が子供に負けないくらい一生懸命にカニを追ったことだったに違いない。だからこそ、私は子供たちと一緒に遊べたのだろう。もしそうでなければ私はどこかで子供を欺いてしまっていたのではないだろうか。そんな気がするのである。

 

 ここからは余談である。前述のとおり、急遽もう一日ワークショップを追加した。日程に合わせ、20日ほど経って海岸に行くと、なんと、あんなにたくさんいたカニは浜に一匹もいなくなっていた。自然というものは常に変化しているものなのだな。私は仕方なく虫を捕ることにした。

 

 100円ショップで網一本と虫かご3個を買い、妻が育てている野菜の畑に行くと、カマキリと小さなバッタがいたので捕まえることができた。カマキリとバッタを一匹ずつかごに入れ、残りは赤とんぼを捕まえることにした。

 

 近くの砂防公園に行くと、夕暮れ時の空に赤とんぼが群れを成して飛んでいる。(秋近し。)


 私は宮本武蔵の剣よろしく、シャッ、シャッと網を振ったが、寸でのところでトンボは網をかわして行った。


横で見ていた妻が、


「そんなんじゃだめよ、網を貸してみなさい。」


というので網を手渡すと、妻は、私たちの頭の上を飛んでいるトンボの後ろからゆっくりと網を近づけた。すると、スーッと吸い込まれるようにトンボが網に入った。

 

「へー、たいしたもんだな。」と私が言うと、「合気道と同じよ。動きに逆らっちゃダメなの。」と何食わぬ顔でそう言った。確かに妻が若いころに合気道をやっていたことは聞いていた。

 

 ポン、と妻に網を渡され、私も妻の真似をして、そうっと後ろから網を近づけたら、同じようにトンボが網に入った。何度やってもトンボは網に入った。私は3匹だけかごに入れた。

 

 カニもワークショップが終わって海に返したので、トンボやカマキリも最後まで生きていてくれるように願ったが、一匹のトンボがワークショップの途中で死んでしまった。妻はすべてが終わった後、トンボを空に、カマキリとバッタを会場の近くに放した。


トンボは元の場所まで飛んで行っただろうか。


2014/8/24






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